馬橋稲荷神社 厄除け祈願

厄年とは?

厄年について

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厄年ってなぁに?

暦の上で年の変わるお正月や節分に多くの方が厄年のお祓いを行います。厄年は一般的に災いが起きやすいと言われますが、ただそれだけなのでしょうか。本来はそこにもう少し深い意味があるように思います。

厄年の払い式

配慮する対象は「見えぬもの」「言わぬもの」自然・祖先・社会の連鎖・規範・人心、感知できるあらゆるものです。これを私達の祖先は八百万の神と言ったのです。神は「いるとかいないとか」ではありません。その大切さを「感じられるか感じられないか」なのです。

カミ(神)を『カ』陰・隠れる。『ミ』身・実と解釈すると『隠れみ』となり分かり易いでしょう。「隠れたところ・見えぬところにこそ大切な霊・魂がある」ということです。厄年も結婚式も初宮参りも成人式もあらゆる儀式は生き方を考える時です。厄年−その年齢に相応しい心とは。結婚式−夫婦としての生き方とは。初宮参り−子供を授かり親としての心とは。成人式−社会を見極め国政に参加する責任有る心とは。すべて神前に向かい、自身に問い、恥ずかしくない生き方を神様に決意するところに意義があります。それが儀式の重要なところなのです。

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数え年について

厄年を考える前に厄年年表をご覧戴くと数え年とあります。昔、日本では年齢を満ではなく数え年で数えていました。数え年はお正月を迎えると全員、一才年を取るのです。また、生まれたばかりも一才であって〇才ではありません。これは年の概念が時間の経過ではなく、一年のひとめぐりを一つの年霊【としだま】と考えたことにあります。生まれた時に一つの年霊を戴き、正月を迎えてまた一つ戴く。年齢はたましいを戴いた数と考えていました。

厄年を災い多き年齢とするだけでは迷信と言われても仕方ありません。では、何故に男女の厄年の年齢が異なるのでしょう。特に女性は三十代に厄年が二度もあるのは不思議です。
厄年を人生の節目の時期と考えてみましょう。役割が変化し責任が増す時、それは配慮が不足すれば問題が生じ易く、逆に重き勤めのある、その人に何かあってはならない時と考えられるからです。
実は、『厄』は『役』と置き換えることすら出来ると思います。
例えば女性の三十代は多くの女性が主婦となり子供を産み、育てます。妻として母として知識・教養に基づく深い思慮を愛情に包み施す至難の技。無くてはならない存在なのです。この大切な方に何かあってはなりませんが、活躍すべき年齢ですから、厄年の間何もしないで過ごすわけにもまいりません。人一倍活動し女性として出来ることをしなければならないでしょう。故に重責はストレスとなり体調を崩しかねません。
では厄年の年齢毎に考えてみましょう。

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女性の厄年

女性の厄年は『家庭の役割』で考えられています。

女性十九才

少女から女性へ、結婚を前提とした心が現れ、その為の素養を身に付けるときです。
女性としての人生の岐路が潜んでいるのでしょう。現実的に男性が夫として生きることより、女性が妻として家庭の舵取りをすることの方が重要であり簡単なことではありません。女性としての社会の役割を考え始める時期です。

女性三三・三七才

前述したように、妻として母としての年齢。女性にとって最も重要な年代です。婚期が遅くなった現代社会では当てはまらないように思えますが、実際には経験を積み体力も充分あるこの年齢で子供を産み、育てるべきでしょう。夫や子供にとって妻・母は無くてはならない大切な存在です。家をまとめ、活力の源とするための方法。幼き子供を人としてゆく愛情・熱意・計画性。成長する子供を社会の一員として世に送り出す役割。その重責が女性の双肩に掛かかっているのです。世の中が良き方向に行くことは誰もが望むこと。しかしその実現には一人一人が問題です。ここに女性ならではの大きな役割があるのでしょう。しかし重責ではあっても夫が仕事に精を出すこと、子供が立派に成長することはこの上も無き幸せなことです。

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男性の厄年

男性は古来、社会に出ての仕事を役割としてきました。その為厄年も『仕事年齢』で考えられています。

男性二四才

仕事の上で独り立ちする年齢です。学生を終え、就職するのもこの時期です。仕事は社会の一員として生きることです。仕事の目的を考え、社会や人との繋がりや協調、人心を感知しなければなりません。この生活や意識の大きな変化は、事故や失敗にも充分な注意が必要です。また、この時期の意識の方向性によって、将来大いに左右されることでしょう。近年は結婚年齢が遅くなりましたが、男性が所帯を持つ時期とも言えます。男性としての自覚に立って、責任有る行動を取るべきです。

男性四一才

男性の大厄です。仕事の上では油の乗りきった時期。それまで指示され仕事をこなす立場から人に指示する立場へ。頼りにされ、責任の重い仕事を任されます。今まで以上に神経を使い、人心を掌握する配慮が必要になります。家庭では一家の主として、また父として、妻や子供に対する責任が大きくなってくる時です。また、体力的にはやや下降線。責任と体力の相反する状況に十分注意するべきです。重責や忙しさにストレスや体調不良など。しかし、何かが有ってはならない大黒柱なのです。

男性六十才

還暦。仕事を終え、次の世代を考える年齢です。今まで得た知識・経験を知恵に変えて、次代に伝え、しっかりとした後継者を育てる重責があります。人に教え・育て・導くことの重要さ難しさ。更に上の意識や配慮がなければなりません。また仕事を終えることはそれまでの緊張感から解き放たれる時ですが、それがかえって体調を崩す原因です。この時期を無事乗り越えることによって、長寿への道が開けるとも言えます。しかし自己の保身のみでは社会への貢献はありませんし将来の安定も望めません。次の世代へ繋ぐことは人として大変重要な役です。あらゆるものへ配慮をしつつ勇気をもってもうひと仕事。

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人生は降りることの出来ない階段

こうしたことから、厄年は変調・事故の多い年齢です。決して迷信や脅かしと片づけるものではありません。昔の人は経験の上で、長い人生に節を付ける事の重要性を見出したものと思えます。

人は生まれてから人生を終えるまで降りることの出来ない階段を上って行くようなものです。その中に少し高い階段が幾つか有ると考えれば分かり易いでしょう。この階段をどうやって上るのか。それは様々なものに配慮する心を持つことです。

年齢を重ねれば重ねるほど沢山の知識・教養・経験を積んでいるわけで、年配者ほど多くの配慮が可能なはずです。先述の厄年は仕事・家庭の違いこそあれ、男女いずれも他の人に影響を与える年齢を定めています。今まで以上に配慮の必要な時、自分を以前より成長させねばなりません。そうでなければ他人に迷惑を掛け、自分に災難が降りかかります。厄年が前・本・後の三年間あるのも、心を定着させるためです。『三つ子の魂百まで』『石の上にも三年』と言うように魂が安定するまでに最低三年を要するのです。以前の自分より高見に立ち、三年を過ぎた後も厄を逃れ、たとえ災いが有ったとしても慌てない自分になることです。『転ばぬ先の杖』を作ると言っても良いでしょう。

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